新婚野郎のカムバック禁欲録

新婚のアラサー男が、かつて取り組んでいたオナ禁に『再挑戦』しながら、収入アップに取り組んでいくブログです。

リセット報告

 

昨晩、オナ禁をリセットしました。

期間は約200日でした。

詳細は控えますが、微妙なリセット事由です。今回は「ルールの後付け禁止」という上位ルールに基づいてリセットとし、次回からは継続扱いとします。

 

日数については、7月19日を1日目として、カウントを再開していきます。

 

 

また、エロ禁も数日前に破ってしまっています。

海外旅行中、現地の風俗店に関心が湧いて、スマホで検索していたことが原因です(行ってはおりません笑)。

 

バラバラに数えるのもわかりにくいので、こちらも7月19日からのカウントとします。

 

辛さを「悲劇」でなく「喜劇」で捉えたい

 

読書は好きですが、「喜劇」の類を読んだことがありません。

しかし、今の自分に必要なのは、まさに「喜劇的な認識」だなぁ、と感じています。

 

昔から気が滅入りやすい性格で、嫌なことがあると、生活に支障が出るほど落ち込んでしまいます。

僕の場合、親との関係が問題になることが多いです。

ところで、人間は世界をあるがままではなく、「意味付け」を施した上で理解しています。

同じ出来事でも、その上にある「意味付け」が異なれば、まったく違う受け止め方になります。

ですから、辛い出来事をそのまま「辛い」と受け取るのではなく、「喜劇的な意味付け」を施すことによって、笑い話に変えてしまえばいいのではないか。

そうすれば、辛さは残るにしても、だいぶマシになるはずです。

 

過去の人生では、もっぱら「悲劇的な世界観」を受け入れていました。好きな小説家は芥川と太宰です、みたいな。

しかし、自分のやりたいこと、なすべきだと感じることを前に、いちいち落ち込んでいる暇はない。悲劇的な認識は、今の自分にとって実用的とは言えない。

時間を無駄にしないためにも、「喜劇的な世界観」を自分の内側に取り込んでおいた方がよさそうです。

 

追記:「意味付け」を変えるアプローチの2類型について

「意味付け」を変えるためには、

  1. ロジック
  2. トーリー

の2つの方法があると思います。

 

「ロジック」による方法は、論理的な考察によって「今の自分の考え方は合理的でなく、有害である」と認識し、納得し、受け入れるやり方です。

たとえば、『7つの習慣』における「影響の輪・関心の輪」の枠組み。自分の力が及ばない部分について思い悩んでも無意味である、ということが「頭で」わかります。

あるいは、アドラー心理学や、エリスのABC理論も、内容は異なりますが、「ロジック」によるアプローチだという点においては同じものと見なせるでしょう。

 

「ロジック」だけでも十分に効果的なのですが、しかし、抱えている問題が根深いほど、「頭」ではわかっても「心」ではわからない(わかりたくない)ということがあります。

 

こんな時に有用なのが「ストーリー」による方法です。

人間の脳には、ストーリーの形になった物事は理解しやすく、記憶しやすく、さらには受け入れやすくなる、という性質があるようです。

それゆえ、古来、知恵や教訓はストーリーとして、すなわち詩や物語として語られてきたのでしょう。

ですから、深刻な問題を笑い話として描いたストーリー、つまり「喜劇」を読めばいい。

 

僕の問題に引きつけて考えるならば、

「親は自分とは別の人間であり、親の考えは親自身のもので、それを変えることはできない」

というのが「ロジック」による理解です。

確かにその通りなのですが、だからと言って、ただちに親を受け入れることはできません。

「あの野郎なんでわかんねえんだ」という気持ちは、すぐには消えてくれません。

 

そこで、「ストーリー」の活用を考えます。

「わかりあえない親子を喜劇的に描いたストーリー」

が、かつて世界のどこかで語られているはずです。

それを発見して読み、その中に現れている「喜劇的な認識」でもって、自らの親子関係を捉え返す。

そうして、自分の抱える辛さを「笑い話」に変え、無力化する。

 

この試みがうまくいくといいのですが。

 

「今すぐ完璧になりたい気持ち」を論破する

 

能力を高めたいのは、何のためか。

見栄やプライドのためであれば、勝手にすればいい。

ただそうすべきだと思うからから、というのであれば、ただそうすればいい。

 

しかし、「外からの要請」に応じるためであれば、そうはいかないかもしれない。

理想の自分と、今の自分とを比較して、焦っているのだろう。

確かに、

今のお前には能力がなく、必要とされる理想の能力との間には絶望的な差がある。

しかし、絶望したからといって能力は手に入らない。

できるのは唯一、目の前の学ぶべきことに真剣に取り組むことだけ。

焦って、気もそぞろにタスクをこなすことだけ、課題を終わらせることだけに集中すると、まったくもって「学び」にならず、脳には何も定着しない。結局は時間を無駄にする。

学ぶ対象との真剣な対決をしてこそ、成長はなされる。そのためには集中が必要だ。

迷いは集中を阻害する。

 

いっそ、諦めてしまっていい。「望んでいる完全なものにはなれない」と。しかし、同時に「完全」を目指す。

この矛盾を抱えて学び続ける。

どの道、「今この時の学びに集中する」ということを繰り返していく以外、方法はないのだから。

一足跳びに理想の自分になる方法など、あろうはずがない。

それなら、思い悩むのは完全な時間の無駄であり、無駄ならば即刻やめればいい。

そして、ただ1つのやるべきことに立ち戻れ。

 

有用な者たらんとすればこそ、かえって外なる声に惑わされず、「犀の角ようにただ独り歩め」。

 

禁欲の励みになってくれる古典の言葉

 

言葉は、力を与えてくれます。

今読んでいるヘシオドス『仕事と日』(『労働と日々』)から、禁欲に活かせそうな一節を紹介します。

悪しきことはいくらでも、しかもたやすく手に入る、

それに通ずる道は平らかであり、しかもすぐ身近に住む。

だが不死の神々は、優れて善きことの前に汗をお据えなされた、

それに達する道は遠くかつ急な坂で、

始めはことに凹凸がはなはだしいが、頂上に至れば、

後は歩きやすくなるーー始めこそ歩きがたい道ではあるが。

引用元:ヘーシオドス『仕事と日』松平千秋訳、PP45-46

 

悪いことは簡単に手に入る。一方、善いことは苦労しなければ得られない。特に、最初の時期が大変である。

しかし、一度苦労して善いことを得たならば、あとは苦労することがない。

 

オナ禁に引き寄せて考えるなら、

自慰に耽ることは簡単で、その習慣を克服するには苦労が必要。特に、最初の1週間は壮絶な苦しみが待っている。

しかし、一度長期の禁欲に至ったならば、あとは苦労せずに継続することができる。

 

 

ちなみに「悪いことは簡単に手に入る」という主旨の一節は「新約聖書」にも書かれています。

狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。

しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。

引用元:『マタイによる福音書』7:13-14、新共同訳

 

 

言葉は、それ自体は単なる記号でしかありません。

しかし、読む人の置かれた状況やその時々によって、その人自身にとって強い力を持つようになる、と感じています。

特に、古典の中にはそのような「力を持ちうる言葉」を多く見いだせる感じがしています。ゆえに古典として残ってきたのでしょう。

 

自分にとって、どの言葉が、いつどんな場面で力を持つようになるかは、予期することができません。

緊急時に頼れる「言葉」を自分の中にストックしておくためにも、日頃から様々な本を読んでおきたいと思っています。

 

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禁欲の励みになる聖書の名句 - 新婚野郎のカムバック禁欲録

 

糖質制限の効果を示唆する一節をギリシア古典の中に見つけた

 

紀元前7世紀頃のギリシア詩人・ヘシオドスの『仕事と日』を読んでいます。『労働と日々』という名前の方が有名かも。

 

ヘシオドスが語るギリシア神話においては、人間は神々が作ったものであり、「5つの種族」が順番に生まれては滅んできたのだとされています。

  1. 黄金の種族
  2. 銀の種族
  3. 青銅の種族
  4. 英雄の種族
  5. 鉄の種族

現生人類は「鉄の種族」です。

以下は、「青銅の種族」についての一節。

 

ついでゼウスは人間の第三の種族、

青銅の種族をお作りになったが、これは銀の種族にはまったく似ておらず、

とねりこの樹から生じたもので、怖るべくかつ力も強く、

悲惨なるアレースの業(戦いのこと)と暴力をこととする種族であった。

穀物は口にせず、その心は鋼のごとく硬く苛酷で、傍らに近寄ることもできぬ。

引用元:ヘーシオドス『仕事と日』松平千秋訳、岩波文庫、PP28-29

 

最初は何気なく読んでいたのですが、よくよく考えると穀物は口にせず」って書く必要あったか?と疑問に感じたのです。

実際、他の4種族の食事については言及がありません。

「青銅の種族は穀物を口にしていなかった」というのは、何かしら特筆すべき内容なのでしょう。

 

神話もある程度は事実を反映している、と見ます。

その観点からすると、「穀物を食べない人の特徴」が示唆されている、と読めるのではないか。

本文では否定的に書かれている「青銅の種族」ですが、要は活力溢れるパワフルな人たちのようです。

これって「糖質制限」で活力を得られる、ということの示唆……なのかもしれません。

 

 

まあ深読みしすぎかもしれませんが、研究者を目指すわけでもないので、好きに読んでいます。

 

最近の禁欲効果速報

 

嫁「雪丸くん、結婚してからまあまあイケメンになったよね」

雪「おう(禁欲効果キタコレ)」

嫁「付き合ってる時は正直微妙だったけど笑」

雪「お、おう…(それ言わなくてよくない?)」

 

半年続けていると顔つきは変わってくるようです。

以上、取り急ぎ報告まで。

インプット欲とアウトプット欲はトレードオフらしい

最近は更新も購読もほとんどしていませんが、元気でやっています。

禁欲も継続中です。そろそろ半年になるのかな?

 

タイトルの通り、インプット欲が強い時ほど、僕はアウトプットに気持ちが向かなくなるようです。

他の方はどうなのでしょう。毎日更新し続けられる方は本当にすごい。

 

しばらくは活字の世界に入り浸っておりますが、色々読み、考えたら、また電子の世界で読み書きするようになると思います。