新婚野郎のカムバック禁欲録

新婚のアラサー男が、かつて取り組んでいたオナ禁に『再挑戦』しながら、収入アップに取り組んでいくブログです。

インプット欲とアウトプット欲はトレードオフらしい

最近は更新も購読もほとんどしていませんが、元気でやっています。

禁欲も継続中です。そろそろ半年になるのかな?

 

タイトルの通り、インプット欲が強い時ほど、僕はアウトプットに気持ちが向かなくなるようです。

他の方はどうなのでしょう。毎日更新し続けられる方は本当にすごい。

 

しばらくは活字の世界に入り浸っておりますが、色々読み、考えたら、また電子の世界で読み書きするようになると思います。

電車効果速報

 

電車で座っていると、目の前に20代前半くらいの女性が立った。妙に近い。僕の内腿に、脚を接触させてくる。

なんだこれ。

 

電車効果の類は信じていませんし、これも偶然でしょう。

しかし、まあわかりやすいので、電車効果と呼びます。

取り急ぎ速報まで。

社会人の日常的な学びについて


「学び」は、基本的には「知らないことを知る」ための行いです。*1

僕がよくやりがちなミスなのですが、知らないことを完璧に知ろうとするあまり、学ぶ対象を際限なく広げようとしてしまいます。

 

たとえば、仕事で統計を使いたいと思って、統計学を学ぶことを決意したとします。

しかし、きちんと統計学を理解するためには、高校数学の基礎からやり直さなければいけません。

これには大体700時間かかる、と言われています。

 

あるいは、健康についての知識を深めようと思ったとします。

体の中で何が起きているか全て理解するため、化学の基礎から生理学に進もうと試みたことがあります。

確かに理想的な学習プランではありますが、こんなの時間がいくらあっても足りません。

 

数学や化学の基礎を学ぶことも、長い目で見れば役立つ取り組みです。

しかし、「さしあたり実務に必要な知識だけ得れば十分」という考え方にも一理あると思うようになってきました。

時間は有限だからです。

ただし「何をわかっていて、何をわかっていないのか」をしっかり理解しておくことは大切でしょう。わかった気になっている状態は、危ういものです。

 

すぐに必要な知識を効率的に学びつつ、「今わかっていない部分」の勉強は、計画的に少しずつ進める。

仕事をしながら学ばざるを得ない社会人の勉強法は、どうしてもこんな風にならざるを得ないのではないかと思う今日この頃です。

 

*1:もちろん、知っていることを再度学び直すことにも意味があります。

「エロ禁」の副産物、「余計な食欲」の克服

 

巨大なAV産業に関与せず、「余暇としての性」を貪らない。

同様に、

巨大な外食産業に関与せず、「余暇としての食事」を貪らない。

 

多くの人はエロを楽しみ、欲望の赴くまま、エロに時間と金を差し出す。

多大な労力をかけてエロは生産され、PRされ、消費される。

しかしそれは、僕には関係のないこと。

同様に、

多くの人は外食・手軽な美食を楽しみ、欲望の赴くまま、それらに時間と金を差し出す。

多大な労力をかけて外食・手軽な美食は生産され、PRされ、消費される。

しかしそれは、僕には関係のないこと。

 

「エロ禁」を続けてきたことで、性欲を掻き立てるようなエロを見たとしても、「余計な性欲」が起こらなくなった。

同様に、

「食の禁欲」を続けていくことで、食欲を掻き立てるような外食・手軽な美食を目にし、嗅いだとしても、いずれは「余計な食欲」が起こらなくなるだろう。

 

今後も鍛錬を重ねていきたい。

 

恋愛ブログを書こうと思ったことがある

 

実はこのブログを作る前、恋愛ブログを書こうとしていました。

確か、結婚が決まったあとのこと。

恋愛に目覚めてから嫁と出会うまでの期間、僕は自分なりに「恋愛の方法論」を作り上げてきました。しかし、結婚してからは使うこともなくなります。

ですから、もしその「方法論」が誰かの役に立つのであれば、シェアしようと思ったのです。

そのときは、極端に「理論化」しようとした結果、うまくまとめきれなくなり、やめてしまいましたが。

 

それでも、書いたらきっと誰かの役に立つだろう、とは今でも思っています。

「ナンパで年間100人切り!」のような訴求力のある経験は持ち合わせていませんが、

「結婚したいと思う人と出会い、付き合い、実際に結婚できた」という実績はあります。

これはこれで、1つの経験談としてニーズがあるのではないか、と感じています。

 

 

先日、結婚式が終わりました。

準備やら何やら大変だったなぁと思いつつ、しかし今から振り返ると、すべてが楽しい思い出です。

そして、準備の過程では、名も知らぬ人々の結婚式に関する体験談を読みあさり、参考にしていたことも思い出しました。

僕の経験も、その1ページとして付け加えてもいいのかもしれない。

そんな風に考えています。

 

 

もし「恋愛の方法論」や「結婚式の準備」について書く気になったら、別のブログを作るつもりです。

そして、ある程度形になったところで、こちらでも紹介しようかと思っています。

 

「食の禁欲」の状況

 

先日、新たに「食の禁欲」を志しました。

 

ルールについて

現状

今のところ、

  • 必要と感じないときは食べない
  • 食べるメニューを決め、量を減らす
  • よく噛んで食べる

くらいの決め事だけで、ゆるく実行しています。

割とうまくいっています。食費もだいぶ減りました。

というか、今まで食い過ぎてたな。

 

今後

「食の禁欲」は、オナ禁と違い、家庭・仕事・友人の付き合いに配慮し、それらとバランスを取りつつ実行する必要があります。

そこで、当初1ヶ月くらいは厳密なルールを定めず、

「どの程度のルールなら守り続けられるだろう?」

ということを見極めていきたいと思います。

 

気づいたこと

「食べ過ぎ」の理由

体のエネルギー効率がいいのかわかりませんが、僕はほとんど食べなくても問題ない体質です。

そのことは昔から自覚していました。

にもかかわらず、今までたくさん食べていた理由は、習慣とか、付き合いとか、あるいは「健康な人間は、普通これくらい食べるものだ」という通念とか。

特に最後の「通念」が大きかったように思います。家庭や職場で食事の量を減らしていると、「お前、どうした?食欲ないのか?大丈夫か??」と真剣に心配されるからです。

そのこと自体はありがたいので、忠告には感謝しますが、しかし自分の方針は堅持する……そんな風にできたらいいなぁと思っています。

職場は大丈夫でしょうが、家庭の方は難しいかもしれませんね。

 

「睡眠」の問題は「睡眠」で解決する

一度、明らかにエネルギー不足だなぁと感じる日がありまして、

「いきなり食べる量を減らしすぎたか?」と心配になり、急遽そばを食べたことがありました。

ところが、あまり回復効果はなく。

その時の不調はむしろ「寝不足」に原因があったのです。「食」で挽回しようとするのは筋違いでした。

「食」は体調を維持する重要なファクターですが、万能ではありません。

睡眠の問題は睡眠で、運動の問題は運動で解決する。

当たり前ですが、忘れやすい原則です。うまくいかない、と思うたび、何度でも立ち返りたいと思います。

 

 

ひとまずこんなところでしょうか。

 

昨日の覚書に関する補足事項(こちらの方が重要)

 

生の時間が有限であることは事実であり、自分の「客観的な認識」の部分では、その事実を確実に捉えておく必要がある。

それでもなお、「主観的な認識」の部分では「すべてを学び尽くしてやる!」くらいの強い気概がぜひとも必要だ。

 

棒ほど望んで針ほど叶う、という。

最初からこじんまりとした目標を目指していては、結局、砂つぶほどの小さな目標しか達成できない。

バカみたいな大望を掲げて初めて、少しは立派と思える成果を上げることができる。

 

自分の中に、どこまでも現実的に考える冷静さと、あきれるほど前向きに夢を見る情熱を併せ持ち*1

前者の忠告を聴きながらも、しかし、自分が実際に生きる上で中心となるのは後者。

 

 

今日もがんばろう。

 

 

 

*1:併せ持つというより、むしろ重ね合わさって同時に存在している、という表現の方が適切か。主観と客観を、「比率」というより「濃度」のようなもので捉える。