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新婚野郎のカムバック禁欲録

新婚のアラサー男が、かつて取り組んでいたオナ禁に『再挑戦』しながら、収入アップに取り組んでいくブログです。

「速読信仰」批判 〜資本主義社会における「速読礼賛」の欺瞞〜

タイトルだけは仰々しいですが、短めに書きます。

 

 

資本主義社会において、本は「商品」です。

すなわち、本が売れれば売れるほど「利潤」が生まれます。

資本の目的は利潤追求ですから、本は単純に「売れれば売れるほどいい」のです。

 

この前提を念頭において、ちまたの「速読信仰」を読み解きます。

 

「速読本」の多くは、

  • 速く読めば、たくさん読める
  • たくさん読めば、人生で有利になる

というロジックで構成されています。

これは結局のところ「多読」を勧めているのと同じです。

多読するためには、多くの本を買うことになります。

つまり、本がたくさん売れて、多くの利潤が生まれます。

 

さて、ここで一度立ち止まり、

「速読・多読」を勧めているのは誰なのか、そして、なぜ勧めているのか、考察してみます。

 

「速読・多読」を推奨する本を作っているのは、出版社です。

出版社からしてみれば、「速読・多読信仰」が広まることで、結果的に、自分たちの商品である本が売れるようになります。

当然の帰結として、出版社には「速読・多読信仰」を広めようとするインセンティブが働きます。

その結果、「速読・多読」についての本が大量に出版されるようになります。

 

似た主張の本がたくさん並んでいると、それはあたかも「真理」であるかのように見えます。「みんなが言うから正しい」ということです。

書店通いが日課となっている意識の高い人々は、「速読・多読」を勧める本を日々目にしますから、無意識のうちに「速読・多読が大事なんだ!」と思いこまされます。

実際、速読を勧める本って、本屋の中でも目立つところに置いてあると思いませんか。今度チェックしてみてください。

ともあれ、出版社・書店は「速読・多読教」の信者を獲得するに至り、「お買い上げありがとうございます(いっちょあがり)」というわけです。

 

もちろん、多読にメリットがあることは否定しません。

しかし、「速読・多読」を勧める本というのは、出版社・書店が「自分たちの商品である本」を売るための広告塔に過ぎない、という見方もできます。

わざと悪意に満ちた言い方をすれば、本を買わせるためのプロパガンダです。

 

本当に、何が何でも、自分がその本を必要としているのか。

それとも、外から感情を操作されて「本が欲しい」という欲望を作られているのか。

 

 

最近は、こんなことを考えています。

 

 

 

あ、禁欲は続いています。日数は数えればわかりますが、まあ120日くらいでしょうか。

リセットしそうになることもありましたが、なんとか乗り切れています。