新婚野郎のカムバック禁欲録

新婚のアラサー男が、かつて取り組んでいたオナ禁に『再挑戦』しながら、収入アップに取り組んでいくブログです。

「メソッド主義」は主体性を失わせ人を弱くする

(約1,000字)

 

精神論を否定するブームは去りつつあるように見える。

それは、精神論を見直す流れが強まったということではなく、むしろ「精神論を否定すること当然とする風潮」にまで、ブームが極まったということだ。

 

精神論を打ち倒したのは、「習慣」「手法」「規律」などといった、客観性や外形的なものに焦点をあてる考え方だ。

ここでは、これらをひとまず「メソッド主義」と呼ぶこととしたい。

 

メソッド主義は、多くの場合、精神論を凌駕するパフォーマンスを発揮する。理性的な思考や、統計による検証によって裏付けられているのだから、当然だ。

生産管理の場面では、精神論でゴリゴリと無理に働かせるより、適度な休憩を設けた方がいい。

また、筋トレやスポーツの練習でも、効率的な上達法が開発されてきている。

そのことは、別にいい。好ましいことだ。

 

 

しかし、メソッドにのみ注意を向け続けると、どうなるか。

「人は、心の強さで自分自身をコントロールできる」という信念が消失する。

彼の目標達成プロセスにとって、彼自身の心は必要なくなる。

心のない人間はロボットだ。ロボットなら、代わりはいくらでもいる。

彼が、彼自身である必要がなくなる。

だから、メソッドのみを追求すると、概念的に自殺することになる。

 

君が、ある習慣を作ることで達成したい目標は、君が享受したい、君だけの目標であって、

君は「抽象的な数値目標」を達成するためのロボットになりたいわけではなかったはずなんだ。

自分を低く見積もり、「心の強さは習慣には敵わない」という弱い信念を受け入れ、メソッドの構築と維持にのみ専心するのであれば、

そして、それによって自己を打ち捨ててしまうのであれば、

君がそんなにも苦労して君の習慣を作り上げた理由が、一体どこにあるというのか。

 

 

習慣さえ作ってしまえば、あとはお気楽極楽、ゴールまでのんびり、という考え方でいると、無意識のうちに、人間の心が持つ「主体性」という強さを放棄することになる。

オナ禁してるのに、人生がうまくいかない……」と思っているなら、その人は、「オナ禁」というメソッドに自己を明け渡してしまい、心の強さをすでに無くしている。

 

真に重要なのは習慣自体ではない。

その習慣を作るに至った意志があってこそ、習慣は活きる。

だから、形骸化した習慣など捨ててしまえ。そして、またあらたに作り直せ。