新婚野郎のカムバック禁欲録

新婚のアラサー男が、かつて取り組んでいたオナ禁に『再挑戦』しながら、収入アップに取り組んでいくブログです。

300年で旧人類は絶滅する

全然違う話を書きます。

 

 

今、DNAの編集技術が飛躍的に発展しているのですね。

「遺伝子を編集し筋肉量を倍増させた魚や猿が誕生している」というニュースを、NHKの番組「サイエンスZERO」で知りました。

www4.nhk.or.jp

実に衝撃的な話です。来るところまで来たな、と感じました。

 

 

もう10年以上前のアニメになりますが、人類の遺伝子操作の問題を扱った「ガンダムSEED」という作品があります。

ちょうど再放送をやっていますね。

s.mxtv.jp

 作中には、2種類の人類が存在しています。

コーディネイターは、遺伝子操作によって知的能力や身体能力を高めており、ナチュラルにとっては脅威です。そこで、ナチュラルは、コーディネイターの国家に対して戦争を挑むことになりました。

現実にもありえそうなストーリーです。

 

 

サイエンスZEROのニュースは魚類のゲノム編集に関するものでしたが、

人類の遺伝子を操作することも、技術的には可能のようです。そして、可能なのであれば、すでに実行されているでしょう。

 

いや違う、すでに実行された、のだったか。

調べたところ、やはりそうでした。

www.nikkei.com

この記事は、医療分野での実用事例の話です。

しかし、新技術の多くは、まず「軍事技術」から始まりました。インターネットも然り。

軍事技術に関する話は、基本的には表に出て来ません。敵国に知られたら対策を打たれてしまうので、秘匿するのは当然です。

一方、上記の記事のように表立って「人類のゲノム編集」が報道されたのであれば、その裏には何例もの「試作」があるはずです。その一環として、軍事的に「人類のゲノム編集」が使われている可能性は非常に高い。

例えば「ゲノム編集によって強化された兵士による特殊部隊」が運用されていてもおかしくない。ゲームやSFのような話ですが、こう考えた方がむしろ自然でさえあります。

 

 

いわゆるコーディネイター、新人類は、すでに地球上に存在している。

このことは自明として、問題は、今現在彼らが何人いて、今後どれほどの速さで地球上に広まるか。

  • 100年後:新人類の存在が一般化する。
  • 200年後:新人類が旧人類を管理下に置く。
  • 300年後:旧人類は絶滅する。

根拠はありません。せめて300年はもってくれ、という願望でもあります。実際はどのくらいのスピードになるのだろう。

 

ただ、間違いなく、

  • 遺伝子操作をした人類=新人類は生まれるし、
  • 新人類は旧人類の脅威になるし、
  • 最終的に、旧人類は新人類に取って代わられる。

長期的にこの流れは不可避と見ます。時期が早いか遅いかの違いがあるだけです。

 

特に、「成果主義」というイデオロギーから抜け出さない限り、旧人類は、間違いなく新人類(と人工知能)に滅ぼされる。

その方が効率的に「成果」を挙げられるのですから。実に単純で論理的な帰結です。

運よく絶滅まで行かなかった場合でも、少なくとも地球上における覇権は失うでしょう。あるいは、「人口維持装置」扱いでしょうか。新しい子供を産むためだけの存在、それこそ「子供を産む機械」です。

または、天然記念物として「動物園」に収容されるかもしれません。

 

 

カレル・チャペックの『山椒魚戦争』も、似たようなテーマを扱ったものとして読み解ける小説です。 

山椒魚戦争 (岩波文庫)

山椒魚戦争 (岩波文庫)

 

 

作中では「知性を持った山椒魚」が発見されます。

「彼ら」は、教えた仕事を淡々とこなす従順な労働力になることがわかりました。

人間は「成果主義」に基づき、山椒魚を大量に培養して、労働力として使っていきました。その結果、地球の海はいつの間にか山椒魚だらけになっていました。

それだけではありません。人間が気づかぬうちに、山椒魚たちは「彼ら」の国家を海中に作っていました。

そしてある時点を境に、山椒魚たちは、自らの住処=海を広げるために、陸=人間の国を破壊し始めるのです……。

 

ざっくりまとめてしまえば、

人間が「成果主義」を追求して、山椒魚(=新技術の象徴)の使用を無制限に広げていった結果、自らが滅びの危機に立ってしまう、というストーリーです。

山椒魚を「ゲノム編集」や「人工知能」に置き換えて読めば、これらの新技術を用いた先に待ち受ける「滅び」について理解できます。

よってこの小説は、ゲノム編集・人工知能時代に生きる我々にとって必読であると思います。

 

 

いずれにせよ、あと数世紀で旧人類の時代は終わる。そう思っていた方がいい。

僕は、そのことは仕方ないと考えています。歴史は、覇権交代の繰り返し。恐竜の世の中が終わったように、旧人類の世の中もいつか終わります。それが近付いた、というだけのことです。

しかし、同じように消えていくとしても、せめて希望を示さなければ。

 

旧人類の特徴は「物語」を必要とすることです。

僕たち旧人類は、何かを理解する際、物語を作らずにはいられない。無関係な2つのものにさえ強引に因果を見出してしまうほど(カーゴ・カルトのように)、本能的に「物語る動物」である。

つまり、旧人類は、「ストーリー」によって世界や自分自身の存在を意味付け、それによって「心の力」を得て生きている。宗教も哲学も、神話も迷信も、全てはそのためにある。

だから、ストーリーを残さなければ。300年後の旧人類に希望を示すために。