読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新婚野郎のカムバック禁欲録

新婚のアラサー男が、かつて取り組んでいたオナ禁に『再挑戦』しながら、収入アップに取り組んでいくブログです。

感情は状況に適応するための道具

 

感情には、作られた目的があり、達成すべき目標がある。

 

怒りは闘争の感情。

ゆえに、精神は高揚し、体に力がこもり、意識は目の前の敵に集中し、ただ1つのことしか考えなくなる。

その目的は、敵の排除。

 

不安は隠遁の感情。

ゆえに、活動しようとする気力をなくし、力が抜け、些細な情報に敏感となり、悪い予想が頭に浮かぶ。

その目的は、動かずに脅威が去るのを待つこと。

 

 

感情の織りなす世界は、人を結びつけ、数多の文学を生み、世界を前に進めてきた。

問題は、これらの感情が「原始時代」に端を発するものであり、現代では過剰に反応=「暴走」してしまうことにある。

 

人類は、自らが作り上げた「社会」という環境にいまだ適応しきれていない。

社会においては、感情の暴走が発生しやすい。特に暴走しやすいのが「怒り」と「不安」だ。

怒りの暴走は殺人に至る。

不安の暴走は鬱病に至る。

これらの存在は、人類が「社会」に適応できていないことの証と言える。

 

適者生存の原則に従って人類が「進化」するためには、感情をなくすか(サイコパス化)、あるいは、感情をコントロールする能力を身につける必要がある。

感情が生み出してきた豊かな精神世界を人類が今後も継承したいなら、感情をコントロールするほかない。

 

それにはまず、「感情はコントロールできる」という信念を自分の中に構築することが必要だ。

「感情は、環境や肉体の状態によって、受動的かつ自動的に作られる」という信念は間違っている。

環境や肉体の状態は、確かに一要素ではあるが、決して感情の全てを決めるものではない。

 

感情を「自分自身そのもの」であると思うから間違える。間違った観念は、人の強さを失わせる。

感情とは、あくまで「特定の目的のために、自己の能力を増幅する支援者」でしかない。

脳も同じだ。脳は「頼れる情報処理担当者」ではあるが、自分自身では決してない。

肉体・知能・感情は、すべて、自己が統率し、働かせる「部下」に過ぎない。

自分自身の指揮権は、自分自身がしっかりと握っていなくてはいけない。