新婚野郎のカムバック禁欲録

新婚のアラサー男が、かつて取り組んでいたオナ禁に『再挑戦』しながら、収入アップに取り組んでいくブログです。

意志力に関する哲学的思索の試行

 

「脳は物質に支配されている」

これは客観的には事実でしょう。

同時に、主観的な領域では「自分のコントロールは自分の意志で行なっている」と認識しておくべきです。

論理的には明らかに破綻しています。

本来は主観であるはずの自分の「認識」の中において、さらに「客観」と「主観」という2つのカテゴリを区別しようとするところに、無理があるのかもしれません。

しかし、僕はこの区別を自分の内側で実現できている、という感覚があります。

 

なるほど、確かに客観的に見れば、僕の心や行動は他者に支配されている。だから、この支配を打破するための具体的な対策も必要だ。

同時に、僕は、僕自身の心や行動を、自分の意志によって制御している、とも認識している。

むしろ、こちらの認識の方が、認識全体の比率で言えばより大きな位置を占めている。

 

矛盾するはずの2つの命題が、「重なり合って、同時に」自分の中に存在しています。

ちょうど、量子論が物質を「粒子でもあり、波でもある」と定義しているように。

 

この矛盾を、どう取り扱うか。

 

武術を学んでいた時、「矛盾を、矛盾なく取り扱う」という言葉に出会ったことがあります。

その感覚が、やっとわかった感じがします。

非合理性の中から生まれてくる力というものを、今、感じています。

 

論理的な整合性を取り、主観的にも「自分は物質に支配されている」と思っている時より、

ちぐはぐになっても「自分は自分をコントロールできる」と思っている時の方が、力が湧いてきます。

「認識」は肉体に直接影響を与えるからです。

 

究極的には、「論理的な整合性」と「現実的な力」のどちらを取るか、という選択です。

僕は、自分の論理的な破綻を自覚しつつ、不合理であっても現実的な力を得る道を選びます。

僕が生きているのは「論理的な抽象世界」ではなく、「現実的なこの世界」だからです。

 

ただし、「破綻している」という自覚は、心の隅に常に置いておく。目立つところに置くと、結局は論理的な整合性を重視していることになりますから、隅っこでいい。それでも、自覚は確実に保持します。

この自覚を失えば、科学無視の無知蒙昧に逆戻りすることになりますから。